芸術的な陶酔の六頁目


知人はこっ酷く警官から説教を聞かされていた。僕は項垂れている知人を見ながら自分も説教を受けているような気がしていた。僕は一歩ずつ玄関へ進んで行った。警官の説教は長かった。知人が漸く警官のそばから離れると僕は警官に呼ばれた。僕は警官のそばへ行った。警官は上着のポケットからメモ帳を取り出し、開いて見ていた。君もそんな癖を直すようにしなければ駄目だ、と警官はいい、充分に反省しているんだろうな、といって僕を睨んだ。あんたにいわれるまでもなく、承知していると僕は思い、頷いた。警官は渋い表情を示し続けていた。一回も同じような真似をするなよ、と警官はいった。僕は頷いた。分かってんのか? と警官はいって表情を固めた。はい、一回も同じような真似はしません、と僕はいった。警官は執拗に僕を見ていた。僕は警官に謝ってから歩き出した。

僕が玄関から出ると知人が待っていた。どうして逮捕されたんだ? と僕はいい、石の階段を下りた。知人は既に石の階段を下り終えていた。僕は知人に続いて歩き、加速して知人の隣に行った。逮捕されたんじゃない、と知人はいった。事情を、と知人はいった。僕は置いてあった自転車を取りに行き、自転車のハンドルを掴んで進行方向を操作し、押していた。事情を訊ねられていたんだ、と知人はいった。僕と知人は門を出た。

通行人を殴ったんだ、と知人はいい、というか喧嘩になってしまったその相手が警官だったんだよ、といった。僕は警官二人を思い出した。どっちだったんだ? と僕はいった。終始、座っていた方だ、と知人はいった。どちらにしても同じようなことだと僕は思った。どうして喧嘩なんかやったんだ? と僕はいい、僕が君から礼を受け取らなかったからか? といって知人を見た。分からない、と知人はいい、むしゃくしゃしていた、といった。だからといって喧嘩なんかするなよ、と僕はいった。知人は唾液を吐き捨てた。

暗い景色の中に歩道がやや白く、遠くなるほど黒くなって続いていた。歩行とともに回転する自転車の前輪と後輪が間隔を交えて音を発していた。歩道と車道の間に木が並んでいた。僕は自転車のサドルに跨がって乗った。知人が歩行する速度に合わせて僕はペダルを踏んだり、止めたりした。

狂いそうだったよ、と知人はいった。殴る寸前? と僕はいいながら左右に分かれてペダルを踏んでいる両足を上下させていた。殴る寸前に狂いそうになったのは君じゃないか? と知人はいい、警官を殴ろうとしただろ? といった。僕は口を最大限に広げ、笑い声を出した。声は夜に広がり、樹木に吸収されたようだった。僕は両頬を上昇させたまま、口を閉じ、口を開けていった。君はいつ狂いそうだったんだ? と。君と別れて歩いていたときに警官と出会して見られて付き纏われて話を聞かされ、訊ねられたときかな、と知人はいい、堪らないほどの耐えられないほどの執念深さだったよ、あいつは、といい、僕が無造作に腕や脚を動かし回している間に警察署まで連れて行かれたんだ、といった。僕は知人よりも前方に出るとブレーキを使い、減速した。僕は知人が歩行する速度に合わせてペダルを踏んだ。

僕は昼まで眠っていた。僕は受話器を取ってその両端を同じ側の耳と口に合わせた。僕は受話器を持っていない手の人差指で電話のボタンを押した。受話器から連続した音が、数回、聞こえた。受話器から聞こえていた微小な雑音が消えた。僕は知人と公園で会うことを約束した。僕は鞄を用意した。僕は画材道具を鞄に入れた。僕は鞄を肩に掛けてログハウスから出た。彼女が草毟りを行っていた。僕は森を抜ける道を歩いた。

公園の中央に噴水があった。池があった。僕はベンチに座った。僕は鞄を隣に置いた。僕は前方を広く見ながらベンチに凭れていた。知人は僕の背後から僕の肩を叩いた。僕は叩かれた肩の方に顔を向けた。知人はベンチの端を回り込んでからベンチに座った。いい天気だな、と知人はいった。僕は陽光を感じて、うん、といった。僕と知人はそれぞれに両太股に画用紙を置いた。僕は鞄を僕に近い方のベンチの端に置き直した。僕は僕と知人の間にパレットを置いた。パレットの分割されたスペースに一つずつ絵具をチューブから押し出した。知人は噴水の方を見ていた。知人は筆の先端に絵具を染み込ませて画用紙に染み込ませた。もう僕たちが会うことはできないんだろうか? と僕はいった。僕は筆を持った手を動かすことを止めず、僕が持つ筆の先端はパレットと画用紙を繰り返し、往復していた。知人は噴水と画用紙を交互に見比べながら絵を描いていた。それがどうした? と知人はいい、何か不都合でもあるのか? といった。僕は不都合を思い出して暫し落胆したが、何とか気持ちを安定させて絵を描き続けた。彼女が怒っているんだ、と僕はいい、というか嫌がっているようなんだ、といった。嫉妬かな、と知人はいい、最近、僕たちが会うことが長くなりすぎているのかも知れない、といった。僕は尻が痛くなり、座り場所を僅かに移動した。もう会うことを止めても僕は構わないよ、と知人はいい、噴水に顔を向け、画用紙に顔を向けた。僕も同じだよ、と僕はいい、しかし会うことを止めたとしてもまた会ってしまったら、結局、どうにもならないじゃないか? と僕はいい、絵具が含まれた筆先で画用紙をなぞった。そりゃそうだ、と知人はいった。知人は筆先を空に向け、僕を見ていった。それはそうと友人は元気か? と。僕は友人を思い出した。僕は顔を噴水に向けたまま、両目で知人の顔を見て、元気なんじゃない? といい、どこを歩き回っているか知らないけど、といった。

僕はログハウスに戻った。知人の助言に従ってそうしたことだった。僕は椅子に座り、コーヒーを飲んでいた。彼ともう会わないんでしょ? と彼女がいって僕の隣に座った。僕は彼女の意見に対して賛成とも反対とも理解し難いような素振りを示した。どうしたの? それともまた会うんじゃないでしょうね? と彼女はいい、僕の首の辺りに密着させていた顔を離した。僕はもう彼と会うつもりはないよ、と僕はいい、でもやっぱり会いたいような気持ちが、多少、あるんだ、といった。彼女を嫌がらせるために知人と会うことはつまらないと僕は思った。またしかしそれを無視したとしても知人と会いたいという気持ちを僕は感じた。さらに彼女は僕よりもむしろ知人とこそ会いたがっているのではないかという思いが僕にあった。僕は彼女の腰に腕を掛けて引き寄せた。君は僕を使っているだけで彼を好きなんじゃないの? と僕はいった。彼女は驚いたようだった。どうして? 彼のことなんか好きじゃないわよ、と彼女はいい、あなたが彼ともう会わないことだけよ、私が望んでいるのは、といった。あなたが彼と会っている間に私は一人になってしまうわ、と彼女はいい、涙が光った。

僕は彼女と一緒に夜を徹して遊び続けた。彼女は眠っていた。僕は知人を思い出した。知人は僕と彼女が会っている間、一人になっているだろうかと僕は思ったが、彼の場合、そんなことを意に介さず、ボールか何かのように跳ね回っているだけのように思われた。また彼と電話で話すときにいつも聞こえる戯れ声のような嬉々とした音を僕は押し出し、彼は大勢の連中と一緒に楽しく過ごしているんじゃないか(僕よりも)とも思われた。すると僕は知人を憎らしく思われたが、もはや彼と会いたくないという決心は起こらなかった。逆により一層と会いたくなったのかも知れず、しかしいるかいないかは定かではないが、そうした連中に紛れ込んで会いたいのではなく、いつも会っていたときのように大勢の連中を除いて彼と会いたいと僕は思った。すると何だか僕は二人だけで会うことに素っ気なさを感じ、もう別れたいという感じだった。

彼女の寝顔を暫し見てから僕は部屋を抜け出した。僕は知人と二人だけで会った。つまらんな、と僕はいった。そうか? と知人はいい、君は僕の家にそういえば来たことがなかったな、といった。知人は鍵の束を持った手を僕の前に垂れ下げて振った。知人の家を訪れたとしてもつまらないと僕は思った。来るか? と知人はいった。止める、と僕はいった。知人は表情を変え(安堵を感じさせる表情だった)、部屋の中が散らかっているんだ、といい、来ない方が得策だよ、といった。もう君と会いたくなくなったよ、と僕はいった。知人は両上瞼を下ろし、顔を前方に傾けた。ああ、そう、と知人はいった。つまらないんだ、と僕はいった。そうか、と知人はいい、僕はつまらない奴だよ、と気が抜けた声でいってその場を離れて行った。僕は知人の背中を見ながら思った。今の僕の彼と会いたくない気分は一時的なものだと。明日になって気分が変わればまた僕は彼と会いたくなるかも知れなかった。

僕は布団を被ってベッドに寝ていた。柔らかい枕に後頭部を乗せて左右に転がしていた。僕は布団を顎まで引き寄せた。僕は布団から顔だけ出して寝ていた。夜は更けていた。


芸術的な陶酔の七頁目