芸術的な陶酔の八頁目


森のそばを僕が歩いていると金色に眩い花が咲いていた。珍しい花だった。僕は金色の花を引き抜こうと思った。しかし曲がりくねった茎や婉曲した花弁を触ろうとすると悪寒や寒気が感じられた。僕は金色の花に背を向けて離れて行った。その間、僕は何回も瞬間的に振り返り、金色の花が咲いていた方向を見た。

僕はストアに行ってアイスクリームを二つ買って来た。僕はアイスクリームを彼女に渡した。彼女は嬉しそうに笑ってアイスクリームを舐めた。友人は、いらない、といって絵を描いていた。僕と彼女は庭の隅に座ってアイスクリームを舐めていた。彼女の辛さが多少なりとも癒されたようだった。遠くに小さく茶色の花が見えていた。辛いわ、と彼女はいい、アイスクリームを舐めた。彼女の舌がアイスクリームを掬い取りながら上下左右にくねくねと動いていた。

雷が鳴った。急速に空が暗くなった。僕と彼女は急いでログハウスに入った。雨が大量に降っていた。僕と彼女は窓際に座って外を見ていた。空が光った。雷鳴が轟いた。大丈夫かしら? 花、と彼女はいった。全滅だろうね、と僕はいった。豪雨だった。当分、雨は降り止まなかった。僕と彼女はテレビゲームで遊んでいた。

雨雲が逸れ、徐々に傾いた陽射しが数を増し、太さを増した。僕はテレビゲームを止め、扉を押し開けて外に踏み出した。外気は湿っていた。地面に雨水が含まれていた。水溜まりがそこここにあった。彼女が後ろから僕の背に密着し、僕の首に腕を掛けた。僕は花壇(といっても囲まれているわけではなかった)へ行った。あーあ、と彼女はいい、花壇の近くに屈んだ。花は全て倒れていた。茎は折れていたり、折れていなかったりし、花弁は散っていたり、散っていなかったりした。倒れた花々は濡れていた。茶色の花も無残だった。屋根を作っておこうかしら、と彼女はいった。僕は大工作業を想像し、疲れを感じた。

僕は板と鋸と釘と金槌を用意した。板を三枚に切り分けた。鋸を板に当てて押したり、引いたりして切った。板一枚の両端に一枚ずつ別の板を垂直に接合した。接合部分に釘の先端を当てて釘の頭を金槌で打った。金槌で打っていた釘の頭が板に沈むまで金槌で釘の頭を打った。僕は完成した屋根を地面に立てた。屋根の下は暗かった。日光が届かなかった。屋根の下に花を植えることは花の成長を妨げる恐れがあった。僕は彼女と相談して屋根を使用することを止めた。屋根が倒れた。僕と彼女は相談した。結局、ログハウスに接近した地面(日光を受け易い方向にある場所)を選び、そこに花を植えることにした。そうすると確かに花が雨に打たれて倒れる可能性がなくなるわけではないが、しかし花を倒すほど強い勢いがある雨が花に到達する方向が減少し、雨に打たれて花が倒れる可能性は減少する(花が雨を避けるべき障害物がない場所にあるよりも)と思われた。彼女は所定の場所に花の種を撒き散らしていた。埋めた方がいいんじゃない? と僕はいった。そうだね、と彼女はいい、スコップ(園芸用)で土を掘り起こし、穴に花の種を入れ、花の種が入った穴に土を被せた。彼女はスコップの背で土を均していた。僕は作業を終了したという心地よい疲れを感じ、両腕を上げて全身を伸ばした。

僕は作ったまま、用がなくなった屋根を見た。屋根は何にも利用法がないようだった。僕は屋根を分解した。重労働だった。屋根は接合部分が固く、容易に外れなかった。僕は力を込めて接合部分を分離した。板が三枚になった。板の端に貫通している釘を僕は抜いた。釘が刺さっていた板の端を地面に叩き付けたり、釘抜きを使ったりした。抜けた釘は曲がっていたが、ほぼ真っ直ぐだった。僕は板三枚を重ね、釘数本を集め、鋸と金槌と釘抜きを揃え、それらを物置に保管した。

彼女が萎れた花々を眺めていた。彼女は悲しそうだった。僕も彼女の隣から見ていた。彼女はスコップの先端で花弁や茎を繁った雑草の方へ弾いた。時々、地中に張った根と繋がったままだった茎があり、彼女が芝生へ弾こうとしても根と繋がった場に留まりながら揺れていた。

僕は久し振りに絵を描いた。画布に線を何本も描いた。向かい合った画布の両端を線で繋いだ。画布のもう一組の両端も線で繋いだ。線で囲まれた四角が画布にたくさんあった。それぞれの四角を僕は全て別の色になるように絵具を塗った。そうすると僕は、多少、安心できた。僕はまた別の画布にも線を描き、たくさんある四角に色を塗った。僕は色の配置を前回の絵と異なるようにした。僕は大量に絵を描いた。画面の構成はどれも同じだったが、色の配置は全てが異なっていた。知人が部屋に来ると欠伸をした。退屈な絵だな、と知人はいった。僕は絵を壁際に並べて鑑賞した。どれもこれも繋がっているように見えた。僕はそれぞれの絵を区別しようと思っていたが、しかしどれも似ているように見え、また同じ絵だと思われもし、さらにたった一枚しか絵がない(並んだ絵が繋がっていて一枚になった絵)かのようにも思われた。色の配置が異なっていても構成が同じだから並んだ絵が同じに見えてしまうのかも知れないと僕は思った。知人が絵を差し出した。大木が描かれていた。配色は全体的に暗く、濃かった。濃緑の葉が繁り、濃茶の幹(黒い筋が疎らにあった)が画布の半分に位置を占めていた。知人が描いた絵を見ていた僕は以前に僕が描いていた泥沼を思い出した。僕が描いていた絵はたくさんあり、部屋が狭く感じられるほど壁際に並べられ、また重なり合ったり、床に置かれていてどれもどちらかといえば暖色が強い傾向だった。そうした絵に囲まれていた僕は何か朗らかな気分になり、部屋全体がいかにも画家が住むべきアトリエだという印象を受けた。急に僕は自分が画家になったように感じた。しかし所々に見える壁や床、あるいは家具や小物類は相変わらず、くすんでいるようだったので、散在する絵を整理すればそうしたアトリエとしての部屋の雰囲気もなくなるだろうと僕は察知できた。僕は絵を部屋の隅に纏めて重ねた。暖色が強い絵の表側を遮断するようにして僕は絵を重ねた。僕の手が届かなくなるほど段が高くなると僕はその隣の壁際に残った絵を纏めて重ねた。僕は床に座り、煙草を一服した。

何、やってたの? と彼女がいった。僕は何とも答えようがなかったので、曖昧に話を逸脱させ、彼女を促してテレビゲームを始めた。僕と彼女は対戦した。いつもならば僕と彼女は力量において互角だったが、僕は連続的に負けた。勝つ毎に彼女は両腕を振り上げて喜んでいた。僕は悔しくなったが、喜ぶ彼女を見ていると逆に喜びを感じることもあった。

僕は部屋に戻った。僕は一人だった。最も低い段の最も上にある絵を僕は引っ繰り返した。全体的に暖色が強い絵を僕は凝視した。両目が痛くなるほど痛くて疲れるほどに感じられた。僕は何回も瞬きし、乾きそうな両目を涙で潤わせた。その絵を見ていると僕は別世界に行くことができる、あるいは行くことができたとさえ思った。不思議だった。別世界といってもアトリエのことだったが、暖色が強い絵を飾ると部屋がアトリエになると僕は思った。しかし一枚だけでは駄目だった。僕は絵をたくさん並べた。しかし駄目だった。僕は夢から覚めたような感じだった。絵を飾ったからだと僕は思った。絵を持って歩きながら絵を揺らしたときに絵の表側と裏側が交互に現れていたことが僕の夢を覚ましたようだった。強い暖色は薄暗い絵の裏側を無視させる効果があったのかも知れなかった。もう一度、僕は夢心地になろうとして並べていた絵を段に纏め、その最上段の一枚を引っ繰り返した。その絵を僕は壁に立て掛けた。僕は暖色を凝視した。印象は前回よりも弱く感じられた。同じことを繰り返せば繰り返すほど印象が弱々しくなり、色もくすむだろうと僕は推測した。僕は思い出した。最初に絵を見たとき、恰もその絵の中に入り込めるかのような錯覚を僕は感じていた。しかしもはや絵の中に入り込もうとしても画布が破れるか、それとも頭を負傷するかしかできそうになかった。


芸術的な陶酔の九頁目