曙に勿忘草や一雫

晩春の水を弾いて霞草

子兎が寝息を発てる木陰かな

柔らかさ桜並木の土のうえ

紫陽花の咲き捲れるは水無月よ

人知れず雁は渡れど過ぎ去りし

優駿の芝草に映え虹ぞ出た

旅すがら登れる山の美しき


清流と泳いで回る岩魚とや

夏向きの白浜なども涼みけり

明け暮れて手持ち無沙汰よ月見草

神無月散り行く涙雲隠れ

星空や麗しからん単身も

蝉鳴きぬ終日もがな空模様

早晩に名なしの花と秋深み

子兎よ走り出て行く雪国へ


永しえの香なりしや寒椿

夕立て澄みつ鏡を冷たくす

長月は惹くも万の遠かめり

冬ざれで丹頂鶴が羽振るかも

急がばや天使発現とて弥生

猿よりか難しがるを山笑ふ

軒先は風鈴揺るゝ天気かな

打ち開く鱗雲にて町覚ゆ


平和こそ正しかりけれ原爆忌

宿借りや葉月の海を辿々し

理なきぞ線香花火落ちにける

凩に誘われたりな草枕

紅葉狩り久しからずや赴かん

千鳥居て鳴かず飛ばずの湖沼かな

即刻と駆け込み寺へ野分けなり

潤いし小夜時雨たる遊歩道


風光り国が優しく輝けり

十九時の水中花には遅蒔かじ

宵闇よ星降りながら泣けて来る

散歩かや霜月ばかり起きがてら

飾り立てたるなりけらし和錦かな

故郷や独りぼっちの星月夜

兎して取れも腕に小松菜を

水温む川辺で得るか花飾り


鳳仙花持ちつ持たれつ尚早さ

卯月なり風な流れそ難もなく

雨垂れと不如帰だに濡れはせむ

落ちれども尻軽くてや青蛙

指先が扉開くるに文月かな

蜂鳥の忙しかりしも吸うや蜜

胡蝶蘭げに明かるらむ揃い咲き

入らんとす都変わらず蛬こそ


十六夜が月を小舟で待たれやも

梅の木の花も実も見ず聞かずあり

如月で行きつる森が縁なり

言の葉は渚に跳ねよ百日草

縞栗鼠を木間と照らす西日かな

庭園や小さかりけむ雪兎

檸檬買う果物店は賑やかだ

茅花摘み箱詰め荷積む土産かな


蓑虫の糸も吹かれる杉林

北風や聖霊にへは巻かざりき

捻らるゝ鯨が島に似たりけん

麻衣とまれ着ぬるか皐月めく

茜差す爽やかなりし夕間暮れ

枯れ野にて犬は夜空へ吠えにけり

望月や訪れたしが芭蕉庵

三毛猫を呼びき睦月ぞ懐かしさ


花曇り誰とも会わぬ気持ちして

七夕の笹の葉へ胸触りたり

行く秋な晴れ渡りそね悲しまず

煌めきは透き通るやう氷柱かな

春来る遥かと海を越える風

鴫降りき踏みし蹴りしも泥濘で

畦いとゞ穏やかならん赤蜻蛉

温泉へ浸かる師走ば惜しみせり


啓蟄や今年は芋を食べるべし

野原では命こそあれ兎跳ぶ

明星よ訪れたいの世界中

初空と呼んだ朝日さ素晴らしい

窓硝子何かと巣立ち気付きつゝ

正夢で桜桃を口触れてみる

細流や晴れ間遍く菊の宿

暗黒が凍み通るって放浪者


海豹は静かな海へ磯遊び

自転車も石畳する夏木立

城山に鵙とかや子は戯拳し

座布団で啜る御椀の雑煮かな

藪のおく苺畑となりにけり

地球儀を水鉄砲も石鹸玉

恋蛍さてぞ出掛けて沢甘き

道野辺の囀り少し谺した


花楓にと山翠の佇まひ

蹲踞せば騒げ池へも朧月

滝逸る飛抹と共に真鯉かな

潮招き募り募りて正午なり

暑いから差し当たりよや麦茶飲む

腰掛けて団扇を持たむ紙芝居

昼顔が蔓草も濃く開きけり

稲ぞ穂も風雲にして滑らるゝ


寝室は朝昼晩の冬支度

寒けれど尚又知れり宝石か

名月や影のみ昏し兎なる

降る雪に振り返るべき荒野はも

氷湖へと足運ぶかし女郎蜘蛛

男郎花ゆめ退くな橋渡り

水晶よ鍾乳洞で大晦日

幸せな天の音色も今冴ゆる


結城永人の俳句集:全百四句